淋しさを覚えた。
その後、彼の足の下で、ぴたぴたと鳴る草履の音が、いやに耳につき出して、彼の気持はいつまでも落ちつかなかった。
二九 北極星
「星がきれいだのう。」
正木の老人は、ゆったりと歩を運びながら、独言《ひとりごと》のように言った。秋近い空はすみずみまで晴れて、凪《な》ぎ切った夜の海のように拡がった稲田の中に、道がしろじろと乾《かわ》いていた。
次郎は空を見上げただけで、返事をしなかった。彼は、正木のお祖父さんに十分な懐しみを感じ、二人きりで夜道を歩くのを誇《ほこ》らしいとさえ思いながらも、ふだん正木の家に行く時のように、朗らかにはなれなかった。彼は、まだ、老人の気持を計りかねていたのである。
(なぜだしぬけに、僕を預るなんて言い出したんだろう。)
この疑問は、一足ごとに深まっていった。竜一や春子に遠ざかる淋しさが、それにからみついた。そして家の没落ということが、次第にはっきりした意味を持って、彼の胸にせまって来るのだった。
彼の眼のまえには、売立の光景がまざまざと浮かんで来た。散らかった品物の間から、いろんな表情をした人たちの顔が現れて来る。そして、時お
前へ
次へ
全332ページ中214ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング