ずれ家も売る事にしているんだから。」
「えっ!」
「実は、家だけはそうもなるまいと考えてたんだが、商売をやるとなると、その資本が要るんでね。」
「貴方、大丈夫? やけくそにおなりになったんではありません?」
「そうでもないさ。」
「それで、お母さんには、もうお話しなすったの。」
「いいや、まだ話さん。お母さんはどうせ反対するだろうからな。」
「あたし、何だか恐くなりましたわ。」
「実はおれも少し恐い。しかし、このままでこの村にいたんでは、どうにもならんからな。」
 俊亮とお民とは、子供たちが寝床につくのを待って、ひそひそとそんな話をはじめた。寝間はすぐ次の部屋だったが、次郎はまだ寝ついていなかったので、ついそれを聞いてしまった。そして、父が太っ腹過ぎて困るとか、お祖父さんが死んだら、あとが大変だとか、そういった話を、これまでにちょいちょい耳にはさんでいたので、彼はそれと結びつけて、今夜の二人の話をおぼろげながら理解した。
 彼は、しかし、父が商売人になるのを、大して悪いことだとは思わなかった。そして、この村の荒物屋や、薬屋などの様子を思い浮かべて、頭の中で、自分をそれらの店の小僧に仕立
前へ 次へ
全332ページ中201ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング