とである。
 ふと、小屋の戸口にことことと音がした。彼は、またかと思って見向きもしなかった。誰も這入って来ない。しばらくたつと、また同じような音がする。何だか子供の足音らしい。彼は不思議に思って、その方に眼をやった。すると半ば開いた戸口に、俊三が立っている。
(畜生!)
 彼は、思わず心の中で叫んで、唇をかんだ。
 しかし何だか俊三の様子が変である。右手の食指《しょくし》を口に突っこみ、ややうつ向き加減に戸によりかかって、体をゆすぶっている。ふだん次郎の眼に映《うつ》る俊三とはまるでちがう。
 次郎は一心に彼を見つめた。俊三は上眼をつかって、おりおり盗むように次郎を見たが、二人の視線が出っくわすと、彼はくるりとうしろ向きになって、戸によりかかるのだった。
 かなり永い時間がたった。
 そのうち次郎は、俊三にきけば、算盤のことがきっとはっきりするにちがいない、ひょっとすると壊したのは彼だかも知れない、と思った。
「俊ちゃん、何してる?」
 彼はやさしくたずねてみた。
「うん……」
 俊三はわけのわからぬ返事をしながら、敷居をまたいで中に這入ったが、まだ背中を戸によせかけたままで、もじもじ
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