に打ってかかった。勘作は、突っ立ったまま、しばらく両手でそれを払いのけていたが、お浜の見幕はますます烈しくなるばかりであった。
「ちえっ。」と、勘作は舌打をした。そして、くるりと向きをかえると、校庭の溝をとび越えて、畦道《あぜみち》の方に逃げ出した。
「ぐうたらの、恩知らずめ。」
 お浜はそう叫びながら、あとを追った。しかし、溝《みぞ》のところまで行くと、さすがにそれを飛びこしかねたらしく、そこに立ち止ったまま、いつまでも口ぎたなく勘作を罵っていた。
 次郎とお鶴とは、ぽかんとしてこの光景に眼を見張った。
 二人の眼からは涙はもうすっかり乾いていたが、彼らの顔は、涙でねった土埃で真っ黒によごれていた。
 お鶴の頬のお玉杓子もどうやら行方不明になっていた。同時に、次郎も、すっかりそれを忘れてしまっていたのである。

    三 耳たぶ

 ある夏の日暮である。次郎は直吉の肩車に乗って、校番の部屋から畦道に出た――直吉は二十二三歳の青年で、次郎の実家の雇人である。今日はお民に言いつかって、次郎を迎えに来たのであった。
 次郎は肩車が好きだった。このごろ勘作がいよいよ自分をかまいつけてくれな
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