に打ってかかった。勘作は、突っ立ったまま、しばらく両手でそれを払いのけていたが、お浜の見幕はますます烈しくなるばかりであった。
「ちえっ。」と、勘作は舌打をした。そして、くるりと向きをかえると、校庭の溝をとび越えて、畦道《あぜみち》の方に逃げ出した。
「ぐうたらの、恩知らずめ。」
お浜はそう叫びながら、あとを追った。しかし、溝《みぞ》のところまで行くと、さすがにそれを飛びこしかねたらしく、そこに立ち止ったまま、いつまでも口ぎたなく勘作を罵っていた。
次郎とお鶴とは、ぽかんとしてこの光景に眼を見張った。
二人の眼からは涙はもうすっかり乾いていたが、彼らの顔は、涙でねった土埃で真っ黒によごれていた。
お鶴の頬のお玉杓子もどうやら行方不明になっていた。同時に、次郎も、すっかりそれを忘れてしまっていたのである。
三 耳たぶ
ある夏の日暮である。次郎は直吉の肩車に乗って、校番の部屋から畦道に出た――直吉は二十二三歳の青年で、次郎の実家の雇人である。今日はお民に言いつかって、次郎を迎えに来たのであった。
次郎は肩車が好きだった。このごろ勘作がいよいよ自分をかまいつけてくれな
前へ
次へ
全332ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング