もすむことだと思った。しかし、いつものようには腹が立たなかった。お民は、
「この子の乱暴にも困りますわ。」と言った。
 しかし、喜太郎の膝に噛りついた時とは、母の様子がまるでちがっていることは、次郎にもよくわかった。
 ただ彼が物足りなく思ったのは、一座の中に父がいなかったことと、真智子が相変らず恭一にばかり親しんでいることであった。

    一七 そろばん

「人間というものはね、嘘をつくのが一番いけないことです。嘘をつくのは泥棒をするのとおんなじですよ。ですから、知っているなら知っていると、誰からでも早くおっしゃい。ぐずぐずしてはいけません。早く言いさえすれば、きっとお祖父さんも許して下さるでしょう。」
 お民は、子供たち三人を行儀よく前に坐らして、まるで裁判官のような厳粛さをもって、取調べを開始した。言葉つきまでが、今日はいやに丁寧である。次郎はばかばかしくって仕方がなかった。
 本田のお祖父さんは、昔、お城の勘定方《かんじょうがた》に勤めていただけあって、算盤《そろばん》が大得意である。今もその当時使った象牙《ぞうげ》の玉の算盤を、離室の違棚《ちがいだな》に置いて、おりおりそ
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