れを取り出しては、必要もないのにぱちぱちとやり出す。離室に刀掛も飾ってあったが、お祖父さんにとっては刀よりも算盤の方に思い出が多かったし、自然その方に親しみもあった。かといって、お祖父さんに商人らしいところがあるのかというと、そうではない。人柄はあくまでも士族なのである。若い頃は、恐らく、物静かな、事務に堪能《たんのう》な、上役にとって何かと重宝《ちょうほう》がられた侍の一人であったろう、と思われる。
 ところで、このお祖父さんの算盤に対する愛着は、年をとるにつれて、だんだんと神経的になっていった。算盤を弾《はじ》き終ると、右の手のひらでジャッジャッと玉を左右に撫でてから、大事に蓋《ふた》をかぶせ、それをそうっと違棚にのせる習慣であった。そして、もしその算盤が自分の置いた位置から少しでも動いていると、誰かがきっと叱られなければならなかった。お祖父さんに言わせると、蓋をとって、玉の様子を見れば、人が触《さわ》ったかどうかがすぐわかる、と言うのである。
 この大事な算盤の桁《けた》が、いつの間にか一本折れていた。これはまさしく本田一家にとっての大事件でなければならない。お民が厳粛になるのも
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