た。地鶏が打撃を二度加える間に、彼は一度しか加えることが出来なくなった。そして、どうかすると、ひょろひょろと相手の股の下をくぐって、その打撃を避けた。
 老雄の自信はついにくだけた。
 彼は、黒ずんだ鶏冠に鮮血をにじませ、嘴を大きくあけたまま、ふらふらと築山の奥に逃げこんだ。
 若い地鶏は、勝に乗《じょう》じてそのあとを追ったが、やがて、築山の頂に立って大きな羽ばたきをした。そして牝鶏の群を見おろしながら、たかだかと喉笛《のどぶえ》を鳴らした。
 次郎はほっとして、立ち上った。
 そして大きく背伸びをしてから、そろそろと築山の陰にまわって見た。老英雄は、夢にも予期しなかったわかい反逆者のために、そのながい間の支配権を奪われて、ひっそりと垣根に身をよせている。
 築山の上では、地鶏がもう一度|勝鬨《かちどき》をあげた。それから、土を掻いて、くっくっと牝鶏を呼んだ。
 次郎は急に勇壮な気持になった。彼の体内には、冷たい血と熱い血とが力強く交流した。つづいて影のようなほほえみが、彼の顔を横ぎった。
 その夕方、彼は誰の迎えも受けないで、急に正木の祖父母に挨拶して、一人で自分の家に帰ったのであ
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