事情が生じた。それは弟の俊三が一年に入学したことである。
 お民は、俊三の入学式をすまして帰って来ると、すぐ恭一と次郎を呼んで、昔、毛利元就《もうりもとなり》が子供たちに矢を折らしたという逸話を、如何にも勿体《もったい》らしく話して聞かした。そして、
「明日からは、三人そろって学校に行くんですよ、俊三ははじめてだから、二人でよく気をつけてね。」と念を押した。
 次郎にとっては、しかし、それはどうでもいい話であった。彼は、俊三の世話を焼くのは恭一の役目だ、と思ったのである。
(それにしても、僕が学校にあがった頃は、どんなだったかしら。どうも僕には、恭ちゃんに世話を焼いてもらった覚えなんかないのだが。)
 彼は、ぽかんとして窓の外を眺めながら、そんなことを考えていた。するとお民が言った。
「次郎、お前はよそ見ばかりしているが、お母さんの言うことがわかったのかい。お前こそすぐの兄さんだから、今度は恭一よりお前の方が気をつけてやるんですよ。」
 次郎は変な気がした。何が「今度は」だと思った。「すぐの兄さん」だから一体どうだというんだ、とも思った。彼は、この頃、母の言うことがとかく理窟にあわない
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