に動いた。顔の筋肉がブルドッグのように引きつった。同時に、まだ飯粒のくっついている彼の味噌っ歯が、喜太郎の膝頭の一角にずぶりとめりこんだ。
喜太郎は、地の底をモーター・サイレンが走りまわるような悲鳴をあげながら、両手で虚空《こくう》を引っかきまわした。
次郎は夢中だった。彼はただ、口の中が塩《しょ》っぱくなるのを、かすかに感じただけだった。
彼が自分にかえった時には、彼は、わいわい騒いでいる大勢の子供たちに取りかこまれて突っ立っていた。喜太郎は、地べたにしゃがんで、血だらけの膝頭を両手で押えながら、次郎の方を向いて、犬が鳴くようにわめいていた。
「どうしたんかっ、おい!」
と、一人の先生が教室の窓から大声で叫んだ。同時に、お浜のいかにも急《せ》きこんだらしい、かん高い声が近づいて来た。
次郎は、自分のやったことが急に恐ろしくなった。そしてやにわに子供たちの間をくぐりぬけて、いっさんに校門の方に走って行った。
彼は、しかし、校門を出ると、すぐ迷った。
(うちに帰ろうか。それとも正木に行こうか。)
何しろ、血を見るような事件を起したのは、彼としても、全くはじめてである。いずれ
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