にしても、今度ばかりは無事にすみそうな気がしない。
 ふと、彼は、今日は父が帰宅する日だということを思い起した。
(そうだ、父さんならきっと何とかしてくれる。)
 そこで彼は、父が帰る時間まで、鎮守《ちんじゅ》の杜《もり》にかくれていることにした。
 しかし、杜にかくれてみても、彼の心は落ちつかなかった。不思議に今日は一人でいるのが怖い。村中の者が、今にも自分を取りかこみそうな気がする。喜太郎の父の庄八が、出刃でもぶらさげて来たら、どうしようかと思う。
(やっぱり、うちにかくれている方が安心だ。)
 そう思って、彼はあたりに気を配りながら杜をとび出した。

     *

 その日の夕方、次郎は、俊亮と、お民と、お浜の三人が茶の間で話しこんでいるのを、隣の部屋から立ち聴《ぎ》きしていた。
俊亮――「それで先生はどう言っているんだね。」
お民――「とにかく、庄八の方に、一刻も早くこちらから挨拶をした方がいい、とおっしゃるんです。」
俊亮――「挨拶には、もうお前が行ったんだろう。」
お民――「ええ、でもほんのおわびだけ……」
俊亮――「それでいいじゃないか。」
お民――「でも、向こうに傷を
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