あつて僕の憎まれる筋はない。況んや博士を誘惑し平和なる団欒を破壊するところの蒼白き妖精と呼ばるるに至つては――思ひ当る節も無いことは無い、が、公明正大な判断によれば、全ては僕の類ひ稀な「良き意志」から割り出された結果であつて、たまたま過つて毒薬を調合した医者の立場に過ぎないのだ。僕の悲惨な運命を嘆くために、事のいきさつをつぶさに公開しやう。
 僕はその頃獰猛な不眠症を伴ふところの甚だ悪性な神経衰弱に悩まされてゐた。あまつさへ様々な「不幸」が、まるで僕一人を彼等の犠牲者として目星をつけたかのやうに群をなして押寄せてきた。自動車に跳ね飛ばされて頭を石畳に打ちつけるとか、河を跳び越す途端に確かに河幅が一米ばかりグーと延びて僕を水中へ逆立ちさせてしまふとか……凡そ意地悪るな「不幸」が丁度一種の妖気のやうに靄をなして僕の身辺を漂ひ、僕の隙を窺ひ乍ら得意げに僕の鼻先で踊りを踊つたり欠伸をしたりしてゐるのが光線の具合でチャンと見えて了ふのだ。僕は彼等に乗ずる隙を見せないために堅く一室に閉ぢ籠り、無論学校も休んで、その頃丁度二ヶ月ばかりといふものは頑固に外出を拒んでゐた。
 ところが僕の学校では――僕
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