リと佇んで内側を厳しく睨んでゐたが、一発ズドンと天井へブッ放すやいなや、これもサッと草原の彼方へ博士を追ふて飛び去つてしまつた。
 長いこと、みんな腕組みをして頻りに何か考へてゐるフリをしてゐたが、やがてソッと窓から首を突き出して眺めてみたら、豆粒くらいにしか見えない遠い遠い草原の上で、ミミ夫人に掴まへられた霓博士は蹴られたり殴られたり土肌へツンのめされたりしてゐた。
「おお、何といふことだ!」
 さうだ、ここで霓博士を助けなければ男の一分が廃つてしまふ、男の一分よりも何よりもクララの手前として顔が立たないことにならう。そして若し霓博士を救ひ出すことが出来たなら、クララはどんなにも僕を尊敬して「まあ、騎士のやうななんて好ましい青年でせう!」と言ひ乍ら僕の胸に真紅な薔薇を挿して呉れるに違ひない! さう思ふと僕は忽ちクラクラと逆上して、
「おお、僕の愛する気の毒な博士!」
 と叫び乍ら幾度も幾度も躓《つまず》いたあげくに、やうやく目指した現場へ辿りつくことが出来たら、博士は尚もモンドリ打つて跳ね飛ばされたり叩きのめされたりしてゐた。そして此の緊張した一場の光景は、いかにも遥々した草原の上に
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