、つまり、たまたま毒薬を調合したところの医学博士――」
「言訳をなさると打ちますよ。すぐに博士を連れ戻していらつしやい!」
「僕は、しかし、酒場の娘と喧嘩しちやつたものですから、どうも何だか行きにくいな。それに、第一無駄なんですよ。今のところ博士はすつかりグデグデ酔ひつぶれて、おお、星の星のクララ……」
「そんなことはありません!」
「いいえ、さうです! 第一――」
「いいえ、そんなことはありません!」
「いいえ、さうですとも! 第一それは奥さんもとても美くしい方だけど、酒場のクララと来たひには、それはそれは美――ワアッ! いけねえ!」
 僕は慌てて口を押へて跳ねあがると、一つぺんに二階の窓からブルン! と一跳びに道のプラタナも飛び越えてしまひ、並木路の丁度真ん中へ落ちるが早いか一目散に逃げ出した。パン! パン! 一本の空気の棒が忽ち僕を追ひ抜いて真直向ふへ走つて行つた。
「タ、助けて呉れ! アブアブアブ……」
 一瞬にして町を過ぎ去り、広々とした草原へ零れた豆粒のやうに現れると、忽ちそれをも東から西へただ一線に貫いて――さうした忙しい合間にも広漠たる森から草原へかかつてゐるあの莫大な
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