が君をそんなにも失恋させて了つたのか!」
「君が最近出席しないために事務所はひどく憤慨してゐるぞ! 僕に代りを勤めろと催促してきかんから、僕は実に迷惑してゐる!」
「ウウウ、それは大いに同情するが、何分僕は斯んなにも煩悶してゐるのだから、もう暫く勘弁してくれ――」
「ソクラテスの故事を知らんか! はた又、広瀬中佐の美談を知らんとは言はさんぞ。国家のためには一命を犠牲にしたではないか。それ故銅像にもなつとる。尊公がクラスへ出んといふ法はない――」
「ムニャ/\/\/\」
といふわけで、高遠な哲学に疎い僕は常に論戦に破れるのであつた。翌日、僕は悲愴な決心を竪め、一命を賭して博士の講座へ出席した。それが若し共産主義の旗じるしでさへ無かつたなら、僕は円タクの運転手に僕の存在を知らしめるため、赤色の危険信号旗を頭上高らかに担つて歩いたに相違ない。
ガランとしてひどく取り澄ました教室にたつた一人で待つてゐたら、始業の鐘も鳴り終つて已にあたりもシンと静まり返つてから、突然けたたましい跫音《あしおと》が教室の扉へ向けて一目散に廊下を走つて来た。扉に殺到したかと思ふと急に忙しく把手をガチンと廻したの
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