はれて、夫婦が恋人に、恋人が複数の友達に変化するやうな一部の流行があつたけれども、為政家が人間性といふものに誠実な考察を払ふなら、これらのことは社会制度の根柢に於て考慮せらるべき重要な問題となるであらう。なぜなら人の真実の生活や幸福がそこに存してゐるからである。為政家が社会制度のみを考へて人間性を忘れるなら、制度は必ず人間によつて復讐せられ、欠点を暴露する。
 咢堂の世界聯邦論は人間の対立感情に就ての歴史的考察によつて基礎づけられて一応はかなりの重量を示してゐるが、個の対立に就てなんら着目するところがないのは彼が尚相当誠意ある人間通でありながら、真に誠実なる人生の求道家ではなかつたことを示してゐるものであらう。
 彼は人の虚飾を憎み、真実なる内容のみを尊重する人の如くでありながら、実は好んで大言壮語し、自らの実力の限定に就て誠意ある内省をもつてゐない。彼は政治の理論家であるが、実務家ではないのであつて、彼は大臣になつても決して立派な成績を上げることはできない。彼が今総理大臣になつたところで食糧問題が好転する筈もなく、他の総理大臣よりもましである見込みもない。之を文学にたとへれば、文学理論家であつて、小説の書けない男であり、小説が書けないといふ意味は芸術的な筆力がないといふだけでなく、一応の理論はあるが究極的な自我省察が欠けてゐるといふ意味でもある。日本に於ては異色ある人間的政治家であつたけれども、しかも尚中途半端な思索家だつた。
 彼が政治家として残した業績の最大なものは彼の反骨で、彼は常に政府の敵で、常により高い真実と道義と理想に燃えてゐた。之は又、政治家の魂であるよりも、むしろ文学者の魂であつたと僕は思ふ。
 文学といふものは常に現実に満足せざるところから出発し、いはば現実と常識に対する反骨をもつて柱とし、より高き理想をもつて屋根とする。政治と妥協する文学は一応は有り得ても、その政治が実現したとき、文学は更にその政治の敵となつて前進すべきものである。より高きもの、より美しきもの、文学は光をもとめて永遠に暗夜をすすむ流浪者だ。定住すべき家はない。政治の敵であることによつて、政治の真実の友となるのであつて、政治は文学によつてその欠点を内省すべきものである。なぜなら社会制度によつて割りきれない人間性を文学はみつめ、いはゞ制度の穴の中に文学の問題があるからだ。政治が民衆
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