まつたのは、子供同志の諍ひで相手の揚足をとるでんであるが、五尺の男児みすぼらしい様子であつた。まさかに之が実現しようと思はなかつた松江は、異様な行列が門前にとまり、近所合壁の連中が裏木戸へ走りだして首をつきのばした瞬間も、自分も同じ高見の見物であるかのやうな好奇心を忘れなかつた。然し派手な着物をきて鼻先から額に汗をにぢませた女共が遠慮会釈もなく框《かまち》の上へどつこいしよと荷物を投げ込み、犬屋の店先であるかのやうに口々に吠え、而して遂にわが良人《おつと》なる人物が汗にまみれて疲労のどん底にありとはいへ、真剣なることアトラスのごとき重々しさで大きな行李をかつぎこんでくる様を認めた時に、松江は思はずきやッと叫んで台所へと退散した。無意識のうちに下駄をつつかけ、ただフラ/\と外へでた。半分は餓鬼共の遊び場であり、半分は塵芥棄場でもあるところの異臭|芬々《ふんぷん》たる広場へでると、恰《あたか》も青空の広さをめがけて突き走るもののやうに熱い涙がこみあげてきたのであつた。

 安川夫妻は母の家に寄食してゐた。正確には兄の家と言ふべきであるが、兄は死に、嫂も死に、三人の子供のみが残された家では、
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