つた。ひとつのことに長く注意のつづかぬたちで、話の途中にぷいと席を立つてしまふし、腹を立てると食事を摂らずに部屋の暗い片隅に一日坐りとほしてゐた。鞠のやうにはずみきつた時間のあとでは、馴れた人も見破れないまことしやかな嘘をついて人々に迷惑をかけ、自分は半日泣きつづけてゐる習慣だつた。
 新しい女主人はタツノを見ると一目から嫌ひになつた。胸の病が分つたときには、運わるく疫病神に出会つたやうに目をつぶつて逃げのびて、三日のうちに出ていつてくれと隣の部屋から金切声できやん/\喚いた。タツノに恋人のなかつたことが、今となつては人々の頭痛の種になるのであつた。
 安川はかねてからこの酒場の常連で、タツノの事情を知つてゐた。戸の隙間から風がふらふら流れこんできたことと同じやうな様式で、ひとつこの娘を引取つて養つてやらうといふ凡そ無意味な考へが安川の頭一杯にふくらみきつてしまつた晩、彼は妻君の松江の前で、途方もなく立派なことをするやうな勇みきつた愉しさで自分の決意をまくしたててゐたのであつた。「勝手におしよ」と妻君は言つた。蓋し名言。安川も苦笑を洩した。そのくせ「そんなら勝手にするよ」と早速きめてし
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