つた。彼が連夜の耽溺を、しかも母はなほ冷然たる無表情でむかへつづけた。
 その後彼は屡々《しばしば》家宝を公然と金に代へて遊興にでかけた。もはや大義名分はなかつた。彼は遊びの虫だつた。それをも母はなほ冷然たる動かぬ顔で見流しつづけてゐたのであつた。それは母なる恐怖を超えて、神か悪魔の審判を思ひつかせる冷めたさと凄さがあつた。もとより神の審判といへ、遊びの虫をとめるよすがになる筈もない。
 かうして最後にきたものが、肺病やみの娘をひきとる気まぐれな一件だつた。

 さてタツノ等の行列が鳥類のそれであるかの如く喚きちらしておたきの面前を通りすぎても、おたきは古沼であるかのやうな無表情のひややかさで、一語の怒りをもらすでもなく、庭の景色に見入つてゐた。

 松江は良人に愛想をつかしてゐたのであつた。今にはじまることではなかつた。貧乏暮しもいやであつたし、貧乏をぬけきる見込みもなささうな、安川の弱気な性格が鼻についてきたのであつた。おたきの家へころがりこむときまつたときには、つくづく情けない思ひがした。人の気苦労も知らぬげに、世の憂鬱を一人占めにしたかのやうな思ひ入れも憎かつたし、実は欲望にす
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