かせてあることが、全く守銭奴の心理によつて、ふと気がかりになつてきた。
 ――三千代に比べてなんて浅間敷い心だらう!(と、まるで何か辛味のやうな自嘲を感じた)札ビラの散らばつたのを見てゐるだけで、あれがこれからどうなるのかと気が揉めるのだ! まるで往来へ落ちてゐることと同じやうに。一枚だつて大金だぜといつたやうに。心の奥の出来事だからいいやうなものの、人に見抜かれたら目も当てられない醜怪なものに違ひはないて。……私はボンヤリと考へてゐた。
 すると私の心の奥に、唐突な、破裂を喜ぶ快感がもりあがつてきたのだ。その快感が浮ぶと一緒に、突然の亢奮から全身の血が逆流した。あの札ビラを一枚一枚たんねんに拾ひあつめろ! その醜悪な姿を行へ! それによつて可憐な女の高潔な魂にわびるがいい! せめて自らの醜怪さに暗黒の涙をふりそそぐがいい!……私の心はだしぬけに、かやうな狂気の喚き声をたてはじめたのだ。
 私の記憶によれば、曾《か》つて斯様な精神状態を覚えたことは、これまで必ずしもなかつたとは言へないものを感じてはゐる。然し斯様な心の動きを実際の行動にうつすなんて、およそ私の趣味でもなく、性格でもありえない。私はすべて常に心に於てのみ人間なみの正義や冒険を行つてゐるだけの男だ。それが実際の行為の中に行はれることがあらうなぞと、私のどんなうかつな夢想が考へ得たことがあらうか! ところが、この日は――私が殆んどアッと呆れるひまもなく、私は不意に動きだして、我に返つた瞬間には已になにか獣めくものうい動作で、まるで一つづつ反芻しながら食ふ様で、札ビラを拾ひはじめてゐたのであつた。
 冷汗が流れ、めまひがした。到頭やつたな! 私は急に気を失つてしまひさうな気持もした。直ちに私は観念もした。然し私は泣きだしさうになつたのだつた。
 ――ゆつくり拾へ! けだもの! さうだとも一枚づつ。……暗黒の、墨汁のやうな濁つた涙がもろもろと流れでてこい! 醜怪な魂を醜怪な姿にハッキリと具現しながら、もつと惨めな獣のやうに札ビラを拾へ! その惨めさを、そして自らの心の上に焼きつけろ!
 然し私は一方の心で糞落付きに落付いてゐた。私は顔も赧らめず、表情も変えず、全ての札ビラを克明に落付き払つて拾ひ終つた。それを静かに三千代に渡した。その瞬間には、かすかに異常な動悸すら鳴つてはゐない感じであつた。
「僕を疑つては
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