父を探した。そして叔父を食ひ入るやうにみつめながら私は突然口走りはじめた。
「あんな愚劣なよた[#「よた」に傍点]者に今後絶対に喙《くちばし》を容れさせない解決法が一つあります――」私は言葉の途中から自分の喋つてゐることが殆んど分らない状態だつた。「僕と秋子さんと結婚することにするのです。フィアンセだ。あいつが横から喙を容れる権利はもはや絶対にありやしない……」
叔父は化石して私をみつめた。
「フィアンセといふ体裁にするだけの話ですよ」私は苦笑した。「あいつが引込んだらフィアンセの方も解消さ。そんな余興でもしなかつたら、貴方の代理で、一々あんな奴と莫迦真面目に取引してゐられますか!」
言葉の調子と一緒に、なぜか不思議な莫迦々々しさが全身の張力を抜きとるやうにこみあげてきた。突然私の喉をつきあげて、莫迦笑ひがこみあげてきた。
「みんな余興だ。ワハヽヽヽヽ」
私はバタンと扉をしめて、庭の芝生を横切ると、武蔵野の森をめざして散歩のために走りでた。
その夜であつた。叔父は再びアトリヱを訪れ、そして放浪に旅立つことを言ひだしたのだ。
ここで私は、私の心に起つた不可解な変化に就いて一言しなければならない。私は武蔵野を散歩しながら、もはや人々の立ち去つたアトリヱへ戻つて、物憂い白昼をすごしながら、静かな夜をむかへながら、私の決意は然し激浪の荒々しさで秋子と私との結婚の事を追ひまはしてゐた。その一事のみを熱のこもつた痺れる頭で追ひつづけてゐたのであつた。その時の心事を一言にして言へば、私はもはや秋子なしには生きられない思ひがしたのだ。然るに叔父の訪問を受け、対談の時をすごすうちに、話が愈々秋子のことに移つた頃には、私は秋子を一途に憎み蔑んでゐる自分の心を明確に意識した。この激変には一切の理由づけが無役に見える。私に分つた唯一のことは、理性では如何とも制しきれない根強い感情の波が、ひたむきに秋子を卑しみ蔑んでゐたこと、それのみであつたのだ。結婚の意志が失はれたのは愚かなこと、秋子の肉体があの時間から淫売婦の肉体に思はれたといへば、その蔑みの激しさは他言を費す要もあるまい。試みにあの夜の出来事を思ひだしながら書いてみやう。
叔父は私の顔を見ると、いきなり放浪に旅立つことを喚きはじめた。その話の内容から一々の効果まであまりに計算し心に期しすぎたがために、さながら喚くといふ慌
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