bをきいた時、どういふものかまつさきに君のことを思ひだしたよ。君に教へてやつたら興味を持つだらうとも思つたのだが、然しそのことよりも、よく似てゐるなと考へたのだよ。これは冗談ぢやないのだ。君が少女ならその Catalepsy になりさうなんだよ」
「Catalepsy は必ずしも虚弱な人間がなるものではないのだ。むしろ健全な人、健全な両親の子供が思ひもよらずなる例が多い」
「さういふ厳密な話ぢやないよ。僕の言つてゐるのはただ感じのことだが、ところが僕がその少女にいざ会つてみると愈々奇妙なことがあつたのだ。君に話したいといふのはそのことなんだが。僕の会つた日は発作もなく特に亢奮状態でもなく普通の日で、多少動作に男のやうな荒つぽい感じがあるだけで、特別奇怪な行動もなかつたのだ。ところがふいにその少女が僕の顔を凝視めてね、急に叫んだものだよ。この人の友達に私の好きな人がゐるといふのだ。私の愛人がゐる筈だと、同じことを二度叫んだよ。僕はかなり面喰つたが、面喰ひながら咄嗟に思ひついたのが矢張り君のことだつたよ。その愛人は君ぢやないかと奇妙にかう、なにかグロテスクな実感をもつてさう思はずにゐられなかつたよ」
 私達は思はず同時にふきだしたが、なにかグロテスクな真迫力を思はず感じずにゐられなかつた。然し二九太は私達の笑ひにもそのグロテスクな真迫力にも全く無関心だつた。
「その娘は可愛らしい顔立か?」と、二九太は冷然と長平にたづねた。
「特に可愛らしいと言へないが、普通の愛くるしい少女には違ひないな」
「身体はふとつてゐるのか痩せてゐるのか?」
「見たところ弱々しい身体だよ」
「行つてみやう!」
 二九太は叫びながら忽ち荒々しく立ち上つた。
「これから早速行つてみやうぢやないか! 一見の値打があるのだ。僕は実験してみやう。暗示を与へてその反応を調べてみたいのだ。我々は早速行かうぢやないか!」
 もとより私も興味を感じはじめてゐた。私達も立ち上つて早速神経病少女を訪問することに一決したが「それにしても」と長平が二九太に向つて「大勢であんまり仰々しく見物といふ恰好もよくないから、君の大学教師の名刺に物を言はせることにしやう」と言ひかけると、二九太は抽斗を掻き廻して「この方が有効だらう」と日本心霊学協会の会員証を探しだした。
 外へでると、二九太は酒店で四合瓶を買ひもとめた。
「この種の
前へ 次へ
全63ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング