い近郷近在の農民がドッと祭礼へおし出してくる。
 この諏訪神社の祭礼には、ミコの舞いもあるが、近郷八ヶ町村の中から、年々良家の美童一人を選んで、祭神の化身にたて、多くのミコにかしずかれて稚子舞いをやる、これが名物。今年の稚子はどんなに可愛いだろうと、遠近から参詣人があつまってくる。老婆連は本当に祭神の化身と信じて、ありがたや、もッたいなや、ナンマンダブ、ナンマンダブと拝んでいる。
 ドン、ドドオンと大太鼓が鳴りだしたから、さア、いよいよオ稚子サマが現れるぞ、というので、人々は舞台のまわりにひしめいて待ちかまえるところへ、
「キァーッ。助けてくれえ」
「オラ、ダメられーキャッ。オラ死ぬれねー」
「助けてくんなれやア。犬がオラこと、ぼッたくッてくるれねー。どうしたもんだてバア」
 などゝ、大変な騒ぎになった。万事予定通りに、うまく運んで、長兵衛は段九郎の手をひッぱって、ホラブンのところへ駈けつけて、
「ヤイ。ホラブン。キサマ日頃大きなことをぬかしてけつかッたが、今日こそ広言通りの手並を見せてもらわねばならんぞ。キサマあの山犬をしずめてしまえ。今になって、できませんとぬかしたぶんには、キサマ
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