「面白い? 素晴らしい?」
私は有頂天に絶叫した。
「河田! もつと/\この道のつきるところまで、この遊びをつづけさせてくれ!」
それから私達は、同じ悪戯をくりかへして無我夢中の有頂天の中を歩いてゐたのだつた。夢はそこで終る。毎日の悪夢とはまるで別な、私には稀な楽しい夢であつた。併《しか》しあの夢の中でも、私はやはり退屈してゐたやうに覚えてゐる。無理に有頂天にならうとしてゐた。さういふ時に、現実では決して有頂天になれずに益々メランコリイになるのに、あの夢の中ではたしかに有頂天になりきれたやうに自分を誤魔化しおはせることができたやうであつた。そして、たしかに楽しかつたのである。こんな楽しい綺麗な夢は一年に一度ぐらゐしかない。
そこで私は目がさめると、すぐ河田のことを考へやうと努力したが、結局河田は人の記憶の中では、こんな人生の楽しい姿と一緒に残る人だらうといふことだつた。彼はひどい貧乏であつた。無一物で、ガスも電気もとめられて、食事もできない毎日の中で、恐らく人間としては最も窮乏した生活を暮した男であるが、あそこまで窮乏すると、もう人間は妙にみぢめな暗さからは脱け出してしまふ。尤も
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