この一ツしか特技がないのだから、力技と分ればあとはナニクソと大石に挑みかかって無我夢中。大地にくいこんだ大石をついに起してしまった。
「そのまま、ちょッと待って」
 女はチョウチンの火を消した。そしてシャガミこんで何をしたか分らないが、やがてまたチョウチンをつけて、
「石を元通りにしてちょうだい。手荒らな音をたてず、静かにね」
 満身の怪力を要する難事業だが、花嵐はこれもやりとげた。
 再び女に手をとられて、あッちへ、こッちへとグルグル歩きまわったあげく、
「この石を背負うのよ。今度は、背負って、ちょッと歩いてちょうだいね」
 これも相当な大石だが、さッきの石にくらべれば楽なもの。言われるままにそれを背負う。
 二三十間歩いて、命じられた場所へ静かに石をおろした。また手をとってみちびかれてしばらく歩くうちに、大通りへでた。
「まッすぐ行くと虎の門よ」
 と女が道を教えてくれて、別れた。
 翌日、芝山内の山門の前、道のマンナカに大石が一ツころがっていた。酔ッ払った奴のイタズラではなさそうだ。二三十間はなれた道端の庚申塚の石だが、それをここまで運ぶには大の男の四五人がかりで全力をあげてやっ
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