ても危いような仕事だ。
「まさか天狗のイタズラでもあるまいが」
 と、納所《なっしょ》坊主が寄り集って大ボヤキ。この大石をどかさないと、人が通れない。それを見て、どうかしましたか、と人が集る物見高さ。
「へえ、この石を、ねえ。オイ。天狗のイタズラだってよ」
 というわけで、たまたまこれが女相撲の小屋まで伝わったから、それじゃア花嵐が妙な女にたのまれて動かしたのはその石かも知れないと気がついた。このことが口から口へと伝わって、
「花嵐が狐に化かされて何百貫の大石を芝山内へ持ちこんだそうだぜ」
 と評判がたった。やがて珍聞の記事にもでた。そのときはもう女相撲の一行はこの土地をひきあげていた。そしてこの出来事は忘れられてしまったのである。

          ★

 日本橋にチヂミ屋という呉服問屋があった。先代が死んで、ようやく四十九日がすぎたばかりというとき、小沼男爵が坂巻多門という生糸商人をつれてやってきた。
 小沼男爵はチヂミ屋の当主久五郎(二十八)の女房政子(二十一)の父親だ。商人が男爵の娘をヨメにもらッたというのは当時としてもハシリであったが、先代にはそういうオッチョコチョイの気
前へ 次へ
全64ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング