だよ。児玉郡と秩父郡の境界の山奥にある小さな祠さ」
「ウチと関係があるんですか」
「一寸だけ有ったが、今はない。庭のホコラはお母さんが造ったものだが、あれは折を見て焼きすてるとしよう」
「それはいけないわ。だって、私に毎朝晩お詣りするよう遺言なさったのですもの。お母さんはタタリを怖れてらしたのよ。そのタタリは、どういうわけなの?」
「どういうわけも有るものか」
真弓はライラクにカラカラと笑った。
「オーカミイナリは神様ではなく、気ちがいなのだ。山の中を狼のように走ることはできるが、東京の街の中で何ができるものか。天狗の顔で都大路が歩けるかい」
「天狗の顔?」
「ハッハッハ。オーカミイナリの神官は世にも珍しい天狗の顔つきなのさ。代々天狗の顔だそうだよ」
父の話は奇怪であったが、心配の種になるような言葉はなかった。由利子はひとまず安心した。父の食事を下げたのは十一時ごろであった。
父は一風呂あびた。その間に由利子が雨戸を閉じて寝床をしいた。十一時半ごろお手がなったので、由利子が父の寝間へ行くと、熱いお茶を一パイ所望し、ランプを消してアンドンをつけさせた。父は小用が近いので、灯りがいつ
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