も必要であった。
 父の用を果して、由利子が自室にくつろぎ、寝床について間もなく柱時計が十二時を打った。そのころまでは、蛭川真弓は生きていた筈であった。
 翌朝、寝床を血の海にして死んでいる真弓の姿が発見された。
 弓の矢が心臓を射ぬいていた。そして死んだ顔には、天狗のような鼻の高い目玉の大きな面がかぶされていた。猿田彦の面のようなものであった。
 発見者は由利子であったが、彼女の報らせで兄とともに駈けつけた川根は兄と妹がそこにいることを忘れたように、一足一足ふるえつつ退いて、叫んだ。
「オーカミイナリだ! あれ[#「あれ」に傍点]と同じだ! 神の矢で一うちに殺されている! 猿田の面をかぶされている! あのタタリが十五年間、まだとけていなかったのだ」

          ★

 新十郎一行が日本橋の蛭川商会へ案内されたのは二日後のことである。現場はすでに取り片づけられていた。
 真弓の居室は店からはいって一番奥の離れのような別棟であった。廊下を渡ると扉がある。扉の向うが真弓の部屋で、まず便所があり、十二畳の椅子テーブルのセットを置いた板敷きの間があって、北側が土蔵の入口になっていた。
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