めに、性格に反して大事をとり、手堅い商法からハミだす勇気を失っていた。息子の大胆な商法が、父の持ち前の目をひらいた。父はにわかに覇気マンマンの豪商気風になり変った。今度はそれをたしなめるのが息子であった。
「向う見ずに取引きをひろげたってダメですよ。ハッキリと計算にもとづいてやるのが商法の鉄則ですよ。私に相談をかけずに勝手な取引をするのは止して下さい」
久雄は時々強い語気で父をたしなめた。その久雄はようやく二十三歳だった。父はグッとこみあげる怒りに身をふるわして叫ぶのが常だった。
「この蛭川商店を築いた父に向って何を云うか。若僧のくせに、私に相談をかけずに、とは何事だ」
自尊心を傷けられる父の怒りは心底に深くひろがっていた。彼は対抗的に古ナジミの秩父や両毛から家全体が埋まるほどの大量の織物を買いつけることがあったが、運わるくいつもその直後に大暴落で、久雄にカシャクなく叱責される原因を生むばかりであった。彼は益々エコジになった。
「ナニ? オレがこの店をつぶしてしまうと? これはオレが築いた店だぞ。キサマごときに指一本さわらせぬ。オレの買いつけた品物に火をかけて店ごと焼いてみせるから
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