同の身許はハッキリ致しておりますか」
「いずれも親元はハッキリ致しております」
「当家の財産状態はいかがでしょうか」
「大旦那の買いつけが事々にしくじりまして、かなり手痛い損失がつづいておりまして一応苦しくなっておりますが、まだまだ屋台骨はシッカリしておると見ております」
「このお店はいつごろの創業ですか」
「上京まもなくここが売りに出たのを買って開業しましたのが、たしか明治六年、開店の時から居りますのは私だけで、他の者はこの四五年間に新しく雇入れた者ばかりです」
「時々郷里から訪れる人がありますか」
「出身の地とは絶縁の状態で、取引の織元も隣りの秩父郡か、隣県の群馬栃木の人ばかりです」
「こちらから向うへ商用に往復致しておるでしょう」
「あの方面は私のほかに二人の係りの手代がおりまして、常に往復致しております」
「あなたは当日の夜は当家に宿泊されたでしょうか」
「いいえ。夜業を終えて九時ごろ帰宅いたしまして、そのまま寝てしまいました」
 新十郎は庭のイナリの前に立った。小さなありふれたオイナリ様である。扉をあけてみた。中はカラであった。しかし、中をのぞいた新十郎の目が光った。
「オヤ
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