じように鼻が高くて目がまるくて、どす黒い渋紙のような顔色をしているそうです。もっとも、あの近辺の村人も神主の顔を直々見た者は少いのです。イナリのホコラは児玉郡と秩父郡の境界の遠く里をはなれた山中に在るのですから、村との交渉は少いのです。所在の山地は児玉郡に属していますが、江戸幕府の時にも誰の知行所だか不明という人々の立入らぬところで、村の入会地《いりあいち》にもなっておらず、山男の秘密の通路だなぞとも云われておるようなところです」
「店のあたりに怪しい者がうろついているのを見かけたことはありませんか」
「特に心当りはございません」
 離れ座敷、そこは真弓が食事にも寝所にも用いる奥の部屋で、彼の殺された部屋であるが、その北側の窓の下の木陰に誰かが脱糞していた。そんなところに脱糞するのは犯人のほかには考えられない。ところが、お尻を拭いた紙がない。指で拭いて傍の木の幹にこすりつけた跡があった。
 しかし、室内には足跡がなく、土のこぼれたのも見当らなかった。また、盗まれた物もなく、室内を物色した形跡もない。
「当家の使用人で埼玉の者は誰々でしょうか」
「私のほかには同郷の者はおりません」
「一
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