って後は、そのような形跡はありません。噂にききましたところでは、上京直前、当家に伝わる家宝の数々をイナリに納めて一応話がついたということでした」
「オーカミイナリの神主が上京するようなことはありませんか」
「東京の人にはあんまり縁のないイナリで、土の中の金《キン》をまもるイナリと信ぜられ、山々に金《キン》を探す金掘りの人々や、山の人々に信仰されております。したがって神主は山にこもって荒行し、彼が山中を走る時は狼のように物凄い速さであると言われております」
「朱塗りの独特の神の矢はどういう時に用いるのでしょう」
「私どもその土地の者はオーカミイナリを信仰致さず、一風変った邪教の類いと昔から考えられておりますので、くわしいことは存じませんが、年々のお祭りに三十本とかの神の矢を暗闇の中で四方の山々に射放すそうで、そのために、神主は十日がかりで一本ずつの神の矢をつくるのが日課であると云われております」
「猿田の面もイナリと関係がありますか」
「私どもは猿田の面と申しますが、オーカミイナリではその祖先の大倭大根大神と申す神の顔がこういう天狗の顔であるそうで、その子孫の今の神主も、猿田の面と全く同
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