そこで新十郎は番頭川根をよんで話をきいた。川根は四十がらみの、一見番頭の風ではあるが、どことなく農家育ちの香がぬけきらぬガッシリと骨太の小男だった。
「私が当家へ御奉公にあがりましたのは当家上京後のことですから、当時の事情をつまびらかには存じませんが、殺された当主とオーカミイナリにはモンチャクがあったようです。御維新直後に各神社の系図や古文書の調査がありました折に、当時児玉郡で庄屋のような仕事をしておった当家主人が県の命令によって各社の古文書を集めておりました。ちょうどオーカミイナリの系図や古文書を当主直々に出張して借りうけて参った当夜、あいにく屋敷から火を発して、五ツの土蔵を残すほかは住居が全焼いたしました。困ったことには、オーカミイナリの古文書を郡役所へ保管せずに自宅へ持ち帰っておりました。なにぶん一風変った由緒を申し立てているオーカミイナリですから、その古文書をあらためたいという慾望が起るのは自然のことで、何をおいてもさッそくそッと読んでみようという気持になってのことでしょうが、あいにく当日深夜に失火して屋敷もろともオーカミイナリの古文書も焼失してしまったのです。さア、それ
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