犯人は離れが無人になった何分間かに素早く侵入してそこに隠れていたのではないか、というのが人々の一致した意見であった。
「その長持の後側に小さなお守りのようなものが落ちていました。紙の包みをあけてみると、中味は金メッキのお守りで、大倭大根大神《オーヤマトオーネオーカミ》とあるのです。これはオーカミイナリの祭神の名だそうです」
 古田巡査が説明した。
「大倭大根大神とは聞きなれない神名ですね」
 新十郎がこう呟くと、古田は答えて、
「左様です。それがオーカミイナリの神主家の先祖に当る神様だという話です。こんなところにお守りが落ちているのは解せないことだと当家の者は言うのですが」
 新十郎はうなずいた。
 何から何までオーカミイナリが附きまとっているのである。蛭川真弓の心臓を刺しぬいていた矢は、ヤジリが六寸もある尖った鋭い刃物であった。ヤガラは朱塗りで、矢羽は雉の羽を用い、それはオーカミイナリ独特の神の矢であるという。
「番頭川根の語るところによりますと、今から約十五年前、蛭川家がまだ武蔵の国賀美郡の故郷におったころ、先代の番頭今居定助と申す者がこの神の矢に射ぬかれて殺されたという話なのです
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