庭をはさんで店がある。店の土蔵が二ツあった。六人の小僧や手代が土蔵の入口の一部屋にザコ寝していた。
店と母屋の廊下は戸でしきられ、この戸は由利子が寝る前に必ず錠を改めた。店の男たちと母屋の女たちの境界をまもるのは、母なき後は由利子の責任の一ツであった。その晩も寝る前に改めた。錠はおろされていた。
翌朝六時の定刻に起きた早番の女中オタツが七時ごろ廊下の戸の錠をはずした。錠はまちがいなくかかっていた。
店からの侵入はこの戸にさえぎられて不可能であり、母屋全体の戸締りにも異常はなかった。すると、侵入口が問題であった。
新十郎は離れの各部屋、その押入や便所も改めた。土蔵の錠は常におろされている。便所の汲取口にも異常はない。
由利子の申し立てによると、彼女が父の食事をさげているとき(女中たちは先にやすませた)同時に父が入浴に立ったので、彼女がまだ雨戸を締めぬうちに、離れが無人になった何分間かの時間はあった。
六畳は母の死後はあんまり用のない部屋である。その押入の戸が半開きになっていたという。そこには泥棒が狙うような品物は全くなかった。その長持の裏側に人が一人ひそむに足る空間があった。
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