びだした。彼が裏門の方へまわって木の繁みからうかがっていると、女中が気チガイのように駈けこんできた。それを見とどけて彼は応接間へ戻ってきた。すると時田がメガネをかけて現れて、
「ゆうべ酔っ払って片方のガラスをわったから修繕にだしておいたのだ。今、女中をとりにやって届いたところだ」
 と不興げに云う。遠山が裏門を見張っていたのを知ってか、用意しておいた言葉のよだ。遠山は残念に思った。失敗だった! 時田に会う前に、女中たちから、昨夜の彼の帰宅の時間やメガネのことなど訊いておくべきであった。時田その人の口から確かめる必要はなかったのだ。それからの時田は何をきかれても知らぬ存ぜぬ。嘘だと思うなら、女中に訊けの一点ばり。遠山は敵の弱点をついて、ついにねじ伏せたと見て敗残の敵の後姿を快く見送ったと思っていたのに、逆にそれを敵が利用して、メガネを買いに女中の一人を走らせる一方には女中を集めてアリバイの打合せ、女中たちに一切の訓令がぬからず行き届いてしまったに相違ない。二人はスゴスゴと退去せざるを得なかった。
 母里邸へ戻ると待っていたオソノが走りでてきて、
「重大なことが分りましたわ。家令の今村さま
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