のお宅は当家の裏、そしてあの裏庭の井戸のすぐ向うがそうなんですが、今村さまの御子息の小六さまと仰有る方が、井戸の水音をおききだったのです。小六さまは神学校の生徒で生マジメなヤソ教徒で、毎夜のように深夜二時ごろまで勉強なさるので有名な方です。裏庭の井戸の音におどろいて、立って下をのぞかれたそうです。あの方のお部屋は二階ですから、外はクラヤミで、のぞいても外が見えよう筈はありませんが、そのときイナズマが光ったのです。その瞬間に小六さまは井戸から遠ざかろうとする二人の人影をごらんになったそうです。二人とも、男ですッて。誰かは分りませんが、二人だったのと、男だったことはマチガイないと仰有ってます」
 喜んだ両名が小六に訊いてみると、果してオソノの伝えた通りである。井戸は母里家の裏庭の塀際にあって、母里家の母屋からは離れているが、むしろ今村家にとっては、そのすぐ近くまで、小六の部屋の真下に近いところである。雨がやんだので、小六は雨戸をあけておいた。小さなローソクの灯で読書していたが、真下に起った水の音にビックリして下をのぞいた。実にその一瞬にイナズマが光って、井戸と下の塀の中間に塀際へ進んでいる
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