ましたが、どうかなさッたのですか」
 重太郎にきかれて、時田は蒼ざめた顔をあげて彼を睨むように見返した。腹をすえたような感じであった。
「メガネは部屋においてますよ。つまらぬことはやめて、用件を云いたまえ」
 遠山がひきとって、
「実はそれが用件なんですが、あなたのメガネと思われるものが妙なところから現れたのですが」
 そこまでは時田は実に平然ときいていた。と、遠山が意外にも、
「実はそのメガネは母里さんの裏庭の井戸の底から出て来ましたが」
 テコでも動くまいと思われた時田の顔に、まるでポッカリと大穴があいたようなビックリ仰天の表情が現れた。実に心底から動揺してしまったのである。彼は大きな目玉をむいて、
「井戸の底から! 知らないぞ。そんな井戸は。オレはメガネをなくしたことはない」
「そうですか。では、お部屋のメガネを見せて下さい」
 時田の顔はゆがんだ。すぐ気をとり直したが、二人の鋭い目はそれを見のがさなかったし、メガネをとりに去った彼の様子は、後向きになるとにわかに気が弛んでか、ひどくガックリと重く悲しい足どりになったようだ。十分たっても時田は戻らない。遠山はにわかにクツをはいて飛
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