が井戸屋をつれてきてくれた。おどろいたのはラク。宿六の大弱虫野郎め。由也様のお許しもうけずに巡査にたのむとは。慌てて巡査と井戸屋を待たせておいて、急を由也につげる。そのとき由也は茶の間でオソノの給仕でようやくおそい朝食であったが、裏庭の、ときいて、
「エ?」
ギョッとして、信じられないらしく、次には怖しい想像に打ちのめされたらしく、
「裏庭の……」
井戸という言葉が言い切れないらしいのだ。オソノとラクがそうで、朝からまだ一ぺんも、その問題の中心たる名詞だけ発音できない始末であるから、同感によって三人ながらゾッとしてしまう。
「裏庭の……。そうか。それを巡査が。そうか。仕方がない。そうだったか」
病みつかれたような、よくききとれないような衰えきった呟き。まもなく、ポトリと箸を落した。ジッとうなだれていたが、食事の途中だというのに、ヒョッと立ち、フラフラと茶の間を去って、自分の部屋へ戻ってしまった。
オソノがあとからお茶をもって行くと、由也は机の前にボンヤリ坐りこんでいたが、
「もうお食事はよろしいのでしょうか」
ときくと、由也はそれに答えずに、
「三枝が裏庭の井戸にとびこんだの
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