のでしょうか。よくふきとれてないけど」
 オソノはそんなことを呟いて、由也の寝室の入口まで泥の跡をたどって、みんなキレイにふいた。来客用のお座敷の次が仏間、それから由也の部屋だ。ところが、座敷の床の間の青磁の花瓶と、飾り物の大きな皿が、二ツながら割れている。皿の方は柿右衛門の作とか、青磁は支那の逸品とかで、母里大学という人は陶磁器に趣味がありその所蔵品には相当逸品があるそうだが、この二ツは特に彼の愛蔵の自慢品で、女中たちはその取扱いにはかねて特別の注意を厳命されていた。自分が割ったのではないのに、それを見ただけでオソノは真ッ蒼になってしまった。おどろいてラクにしらせる。二人は顔を見合せたままゾッと立ちすくんでしばし言葉もなかったが、家宝の品物の破損、三枝子の行方、それまで実際の不安となるに至らなかった三枝子の行方不明が、にわかに決定的な怖しい事実として迫ってきた。
 あの裏庭の井戸の中へ何か落ちたらしい音。
 日本人には誰しもピンとくる筈であろうが、女中という身分の者には特に身につまされることでもあろう。特にそれが貴重な瀬戸物であれば、ケースは全く同じではないか。番町皿屋敷。
 ピンと
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