寝ているのだろうと話し合って、別に気にかけずにねむった。二人が眠りにつきそうなころ、裏庭にちかい井戸の中へ何かが落ちたのかボーンバシャッという大きな水音がきこえた。ラクは自分の気持では首を浮かしたように思ったが、実は首を浮かそうと思っただけで、彼女の身体の過半を占めかけていた睡魔が実際の行動をとめていたようだ。
「何か音がしたわね?」
 ラクがこう呟くと、
「そうね」
 オソノが答えたが、ラク以上に睡魔に占領された声であった。
「裏庭の井戸じゃアないかしら?」
「そうね」
 その返事に生気ある手応えがないのでラクもそのまま寝込んでしまった。こうして三枝子の姿は邸内から掻き消えたのである。

          ★

 翌朝二人は三枝子が彼女らの使用しうるどの部屋にも寝た形跡がないのに気がついたし、第一、由也の夜食に用意したものがそッくり台所の置かれた場所に在るのにも気がついたが、まだ二人はさのみ疑る心を起さない。掃除に立ったオソノが台所で食事の仕度中のラクのところへ戻ってきて、
「玄関が大変よ。由也様は玄関へお吐きになってるわ。玄関は足跡で泥だらけ。下駄がないのですもの。大方カミナリで
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