して、呪文のような一枝の言葉に、はじめて多久家の暗い怖しい何物かを、身にしみて感じたのである。
★
一枝は水彦の娘であった。長男の木々彦の下に他家へ嫁いだ姉をはさんで、彼女が末ッ子であり、光子と同い年で、同じ学校の同級生であった。木々彦が後嗣の選にもれると、水彦は生れた村にいるのも面白くなく、本家に先んじて東京へ移住していた。彼の住居も同じ小石川ではあったが、かなり本家の別荘からは離れていた。
木々彦は学問を好まず、長唄や踊りなどを習ったぐらいで、それも打ちこんで覚えこむほどの根気がない。何一つ身につぐほど習い覚えたものがなく、二十六という年になった。仕事に就く気持もないし、彼を使ってくれる人もない。だらだらと観劇したり岡場所を漁ったりして通がっているだけだった。
田舎では多久の一族だが、東京では多久家などとはその苗字を知る人もない。おまけに本家とちがって、分家の財産は知れたもの、けっして一生遊んで暮せる身分ではないのであるが、オヤジの水彦がまた世間知らずのバカ者であった。彼は東京へ出ても、多久といえば天下の名門だと思っている。一人ぎめの名門を誰も信用しな
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