っと必要なだけであるから、そのときだけ帰郷すれば足るのである。
覆面の祖父は村をでるとき馬にまたがっていた。それは魔王の旅立つように、威あり怖しいものに見えたのである。同じように覆面を胸まで垂れた風守はカゴにのった。そして、あたりの病毒ある風から防ぐように、カゴの窓を下したのである。光子が見た兄は、その旅行のときだけであった。
東京の別荘は、小石川の崖の上の二万坪もある邸内に建物も庭も新しく造ったばかりのものであった。風守のためには別館が用意されていた。それは母屋から遠く離れて塀によって隔離され、まったく別の一戸をなしていた。ウバのヨシエと、老女中の政乃が村に於けると同じように、この別館に住み、風守に侍っていたのである。光子も父母も、母屋に住んだ。
一月ほどおくれて、風守の唯一の友たる英信も上京した。そして、仏教の学校へ入学した。彼は母屋に住まず、別館に一室をもらった。そして殆ど本邸の方には姿を見せることがなかった。暗い秘密の翳を負うた英信は、非常な秀才だということで、その師からゆくゆく天下の大知識になるだろうと高く評されたそうである。
それから六年すぎて光子は十八になった。そ
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