屋へと消えて行く。その英信の姿に子供らしい無邪気なものは感じられず、一切の秘密が化して彼の姿をなしているような悲しい暗さが凝りついていた。
 自分で風守を後嗣に選んだ駒守の心事こそ、悲痛なものであったろう。彼は業病の故によって、決して風守を憎まなかった。それどころか、風守の悲しさを自分の悲しさとして自ら罪を分ち着ようとするに至った。そして彼は黒い布の覆面をして人に接するようになった。なぜなら、風守がやむなく人に接する時には、相手の顔が見えないように黒い覆面をかけさせなければならなかったからである。もっとも風守の覆面には目がなかった。人を見せてはならないのだから、目を隠すのが目的の覆面だ。駒守は目がなくては歩くこともできないから、同じ覆面でも、目があった。
 光子が兄を(戸籍上ではイトコだか叔父だかに当るわけだが)を見たのは、兄が十八、自分が十二の時であった。そのとき、彼女の一家は、祖父をはじめ父母兄弟に至るまで、そっくり東京の別宅へ移住したのである。それは田舎住いが子女の教育に不適当であったからだ。族長というものは、常に土地に用のあるものではない。年に何回という古来の定まった行事にちょ
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