はうるさそうに立ち上って、
「生きているのはやさしいが、死ぬのはむずかしい」
ききとれないような低声で、しかし、たしかにそうハッキリと呟いたのである。そして光子に目もくれず、立ち去ってしまった。
光子はこのテンマツを誰にも語らず秘しておくべきであったかも知れない。しかし、漢方医の良伯に偶然二人だけで出会《でく》わすことになったのは運命というものであろう。この漢方医は悟りすました坊主のように気がおけなくて、一向に威厳もないし、脈のとり方もオボツカなくて頼りないこと夥しいが、明るく陽気で、どんな気むずかしい人の心も解くようなところがあった。
光子は良伯のほかには誰の気配もないのを見て、自然につりこまれてしまい、
「風守さまが御病気だそうですけど、お悪いのでしょうか」
「風守さまの御病気は昔々大昔からのことですよ」
その返事がとぼけすぎバカにされたような気がして光子はやや腹を立てて、
「心配でたまらなくッてお訊きするのに、そんな返事をなさるの卑怯だわ。死期もお近いって英信さんが仰有ってたわ」
いつもとぼけたような良伯の顔を狼狽が走った。彼の鼻ヒゲがバタバタ羽ばたいたように思われたほ
前へ
次へ
全56ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング