遠からず、おなくなりです」
 こう静かな声で答えた意外さだけでも容易ならぬ思いがあったので、彼の返事の内容については吟味がおくれたほどであった。光子はやがてビックリした。ケロリとして、なんてことを云う人だろう。彼は風守の死を予言しているが、むしろもっと残酷に、彼自身がその死を宣告しつつある地獄の使者のようにすら感じられた。
 風守が大病なら、侍医の良伯が別館へつめかけそうなものだし、祖父や侍女たちの往復もヒンパンで、なにか気配がありそうなものだ。その気配がないではないか。
 しかし、なんの表情もなく、声の抑揚すらもない陰鬱な彼の言葉には、ぬきさしならぬ凶事の跫音《あしおと》が不気味になりつづいているような重さがあった。光子は思わず顔色を変えて、
「御病気って、どんな?」
「そこまでは、知りません」
「遠からずおなくなりですなんて、なぜ、そう仰有《おっしゃ》るのよ」
 英信は顔をそむけて、
「生者必滅は世のコトワリですよ」
 と苦々しげに呟いた。
 光子は思わずカッとして、
「あなたは心底からの坊さんね。世の中をそんな風にみてらして、それで御自分が偉いとでも思ってらッしゃるのね」
 英信
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