のことだからである。のみならず、街でよその父母がわが子を呼びすてにするのをきいても、顔があからむような、居たたまらぬ思いに駆りたてられるからであった。まして水彦が長子木々彦を呼びすてにするのをきけば、光子は卒倒しかけるかも知れないだろう。それほどこだわるようになった。
まるで天才とも言うべき風守をキチガイ扱いに座敷に閉じこめて、それが文彦に本家をつがせる父母の陰謀であるとすれば……イヤ、イヤ。そのような筈はない。文彦の生れる前から、風守は座敷牢に閉じこめられていたのである。村の風説によれば、風守が不治の病気であるために、その生母が自害したというではないか。それに、あの怖しい本家の祖父が、それを黙認しているのだ。父母の陰謀なら、あの怖しい祖父が同意を示す筈はない。祖父自身の意志でなければ、風守を座敷牢に入れることはできない筈ではないか。
そう自分に云いきかしてみても、それでハッキリ安心するというわけにはいかないのだった。どこと指摘はできないが、なんとなく秘密や陰謀が感じられてならないのだった。可哀そうな風守さま。光子は六年前の上京中の道中に稀に見かけた覆面の風守を痛ましく思いだすので
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