それが八十吉君を殺した動機でもありますから、にわかに堪らない気持になっておキン夫人の寝室へ忍びこんだのです。然し、目的を果し、酔いがさめると、にわかに怖しくなり、自分の部屋には寝《やす》まずに、既に人々の寝静まった宴会部屋へ戻って素知らぬフリで眠ってしまったのです。その結果として、大和君の傍若無人な船長代理ぶりに妨げられて靴のカカトの中の宝石は、遂に再び手中に収める機会を失したのです。従って世界に類なき宝石は、船長の屍体もろとも再び海底へ戻ったのです」
 新十郎はニコニコして一同を見廻した。
「さて、みなさん。以上によって分りました如く、船長殺しの犯人は、それが目的であったにも拘らず、二ツの宝石を奪うことができなかったのです。彼が開いた金庫の中には無かったのですから仕方がありません。そこで彼はどう考えたでありましょうか。すでに誰か先に盗んだ者があると思ったでしょうか。否々。船長は概ね自室を離れませんから、その時までに盗む機会はなく、又、盗まれて気附かぬ筈はありません。したがって、金庫の中になかったとすれば、盗まれた為ではなくて、始めからそこに無かった為であると思ったのです。彼はこう結論
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