も知れねえや」

          ★

 昇龍丸の冒険談から殺人事件に至るまで首尾一貫して語るのにヒマがかかって、虎之介が海舟邸を辞去する時はすでに午になろうとしている。幸いそこから新橋は程近いから、人力車を追いこし追いこし駈けつける。すでに一同集って、まさにプレーボール開始寸前。虎之介は海舟から借用した名句も心眼も用いるヒマなく、先ず息を静め汗をおさめるのに大童《おおわらわ》である。新十郎はポケットから一枚の紙片をとりだして、
「さて、今村さんだけが、本日欠席されましたが、欠席の理由は後刻申し上げますが、ここに質問にお答をいただいた紙片がありますから全員参集と認めて犯人探しにうつります」
 新十郎は改めて紙片に見入った後、顔を上げてキンに話しかけた。
「昨日の話では事件の夜あなたの部屋を訪れた男がなかったとのお言葉ですが、今村さんの御返事では、そうでないことになっております。夜十時ごろ、今村さんはあなたの部屋へ忍んで参られたそうです。それに相違ございませんか」
 キンは気魄するどく否定の身構えを見せたが、余裕綽々として尚すべてを知りつくしでいるらしい新十郎の落着きをみると、赧《あ
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