竹造ならびに今村を船長室に招待して労をねぎらう。清松はまだ病気が全治といかないので、酒を慎しみ、トクと共に自室にこもって出なかったのは幸運であった。八十吉は今は任務を果して心にかかることもないから始めて酒をすごして酩酊した。と、酒宴の途中にヌッと姿を現したのは五十嵐であった。彼は目を怒らせて、
「船長。今晩は特別の宴会だ。女を独り占めにしちゃア困るじゃないか。オレたちの席へも女をまわしてもらいたい」
 すでに大酔しているのである。畑中はかねてこういうこともあろうと用心して、女たちの姿をなるべく男の目にふれさせぬように配慮している。この船の船室は前後二房に分離されていて、一方は船員一同の雑居室であるし、一方は船長室のほかに三室あって、八十吉と清松夫婦は各々一室を占め、それまで一室を占めていた今村は竹造との同居を余儀なくせしめられている。彼らは便所なども他の船員とは別個のものを使用し、全く両者は分離された生活を営んでいた。船員たちは船長室の前を通らなければ奥の三室へ赴くことが不可能であった。もしも船長がその廊下に鍵をかければ何人も彼らの生活にふれることはできないのである。畑中は水火をくぐっ
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