にでる。そこに大きな皿を二枚立てたように並んでいるのが白蝶貝であった。近づくとスウと蓋を閉じてしまう。強いヒゲですがりついているから、手でひいても動かない。小刀でヒゲを切って採るのである。リーフ原の海底には急潮がうずまいて、相当に翻弄される。しかし、色彩が豊富で、美しく、魔魚毒蛇の幻想に悩むことがないのであった。
十米から二十米、三十米の海底に、綱につけた四貫ほどの鉛を抱いて急降下する。降下の途中は暗黒だが、底につくと、明るくなる。その辺が彼らの仕事の地点で、うすく白砂に覆われた砂原が点在し、白蝶貝の巨大なのが、いたる所に皿を立てているのであった。
四名は、一団にかたまりつつ、四時間ほども海底を潜りつづけた。二人の海女が海面へ浮上して一息つくたびに、昇龍丸の水夫たちはカタズをのんでその顔だけの女を睨みつづけていた。五百米も離れている。その顔は白い鉢巻がそれと分るぐらいにすぎないが、彼らにとつては数々の幻想のくめどもつきぬ泉であった。
その彼女らを水夫にも劣らぬ情炎をこめて飽かず眺めていたのは今村であった。彼とてもまだ三十の青年だった。通辞といえば、その職業柄、そう堅くもない生活に
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